捕手の足
昨年、アマチュア規則委員会の麻生委員長が「捕手のミットを動かさないキャンペーン」を発表した際、日本の野球の根幹を揺るがすようなイメージを持った。
日本の捕手は際どいコースの投球を捕球する際、ミットを微妙に動かしてストライクのアピールをするのは当たり前の技術とされてきた。漫画の主人公などはこの技術が卓越していて、球審さえも唸ってしまうというストーリーに、読者である野球少年たちはあこがれを持って納得し、その技術の習得に励んだものである。
また、日本の捕手は投手の投球をミットの芯で捕球し、「いい音」を立てることが良いキャッチングとされている。しかし本場アメリカでは「そんなことをして、多くの球数を受けたために、手を故障するのはナンセンス」となるのである。つまり、投球を捕球できれば良いのであり、「いい音」を立てることが目的はないという考え方である。合理的なアメリカの考え方としては、当たり前のように思われる。
日本では「いい音」が出ると、投手が気分良く投げられるのと、球審の判定にも少なからず影響すると考えるのであろう。しかし、球審の判定にはまったく関係ないと思われる。少なくとも、私は関係ない。球審の投球判定は、投球を捕手のミットまでトラッキングにより目で追い、再度投球の軌道に押し戻して判定するように指導される。このため、「目でボールを追う」ことに集中しており、捕球の音が気になることは絶対にない。

確かに捕球の音の良否よりも、捕手のミットが動くことの方が気になる。私のようにへそ曲がりが球審を担当すると、「ミットを動かすということは、ボールなんだな」となる。
昨年のキャンペーンが効を湊したのであろう、捕手のミットの動きは明らかに小さくなった。捕手のミットが物分かり良くなったように感じ、非常にジャッジがし易く楽になった。

私は、球審を担当する際には、捕手との関係を最も気にする。捕手はストライクゾーンを、一番間近で見ている選手である。この選手の感性と合致したジャッジメントができたと感じた試合は、実にスムーズに試合が展開する。とは言う物の、捕手にゴマを擂るわけにも、捕手に迎合するわけにもいかない。
捕手の不満を感じつつも、一試合安定したジャッジメントをすることが、遠回りではあるが、捕手の信頼を得ることになる。
この「捕手の信頼」は重要である。
捕手は球審の前にいて、投手の投球を受けるとともに、ファールチップに対しては「盾」にもなってくれる。
ショートバウンドを、ことごとく止めてくれると、捕手に対する信頼が生まれ、投球を最後まで見ることができ、ジャッジメントが安定する。
つまり、互いが信頼していることが、ジャッジメントの安定につながるのである。

今年、新たなキャンペーンが発表された。規則【4.03(a)および8.05(l)】の解釈を、「常に捕手はボールが投手の手から離れるまでは、キャッチャーズボックスの中に両足を置いておかねばならない」とすることを指導していくこととなった。


【4.03(a)】試合の開始
捕手は、ホームプレートの直後に位置しなければならない。故意の四球が企図された場合は、ボールが投手の手を離れるまで、捕手はその両足をキャッチャーズボックス内に置いていなければならないが、その他の場合は、捕球またはプレイのためならいつでもその位置を離れてもよい。<ペナルティ>ボークとなる。
【8.05(l)】ボーク
故意四球が企図されたときに、投手がキャッチャーズボックスの外にいる捕手に投球した場合。【注】“キャッチャーズボックスの外にいる捕手”とは、捕手がキャッチャーズボックス内に両足を入れていないことをいう。したがって、故意四球が企図されたときに限って、ボールが投手の手を離れないうちに捕手が片足でもボックスの外に出しておれば、本項が適用される。


この根底に流れるのは「捕手が大きく動くため球審が無防備になる」ことであり、キャンペーンの理由のひとつと考えられる。このような動きを捕手がするのは、アジア系のチームに多いため、アメリカや南米の審判に不評を買っている。「JAPANの捕手は、球審を危険に晒す」と毛嫌いされている。これも、国際試合が増えてきた影響・摩擦である。

我がチームの捕手に指導してみたが、なかなか大変である。キャッチャーズボックスから出られないのは、かなり狭っ苦しいようだ。しかし、その後ろにいる球審の精神状態は安定する。防具の無い箇所に打球や投球が直撃した経験のある審判員なら、この安心感は分かるはずである。

二年続けて、捕手がターゲットとなった感はある。捕手受難の時代は続く、ということか。

コメント

nophoto
少年野球審判員
2010年4月2日12:12

楽しみに読ませていただいています。

このキャンペーンもそうですが、一連のキャンペーンの目的は、野球でなくベースボールをやろうということと聞いています。ベースボールとは打って走るスポーツなり、ピッチャーの本来の役割はストライクを投げること、いうことですね。
私も地上波で野球を見て、BSでベースボールをよく見ますがこれはある程度理解できます。ご参考まで、、、

ファウルボール
2010年4月7日19:32

少年野球審判員様
コメントありがとうございます。
なかなか、更新できずにご迷惑をお掛けしております。色々なところにコメントを掲載しているため、なかなか手が回りません。
シーズンも始まりますので、頑張りたいと思います。
さて、昨年来始まった捕手に対するキャンペーンですが、ご指摘のとおり「野球」と「ベースボール」の違いからのようです。
日本でやるのは「野球」だから、「ベースボール」に合わせる必要はない、という重鎮方や指導者もおります。
昨年、日本チームがベースボールクラシックを連覇したため、「ベースボール」よりも「野球」が優れているという考え方が顕在化しているのもあると思います。
しかし、今回のキャンペーンの根底に流れているのは、どちらが「強い」かではなくて、どちらが本来の目的を遵守しているかなのだと思います。
野球に限らず、スポーツ、とりわけ球技にはルールがあります。そのルールは、基本的理念に基づいて作成されており、一番ベーシックな処に「フェアプレイ精神」があります。
残念ですが、日本の「野球」は「フェアプレイ精神」が欠落していると考えられています。日本チームが、ベースボールクラシックを何連覇しようが、今のままでは世界は認めてくれません。
それ所か、日本のプレイヤーは審判を愚弄しているとさえ思われているのです。
これは、大問題です。
少年野球では、「盗塁をしたら、打者は空振りをしろ」と教えます。
それも、「タイミングを少し遅くして振れ。捕手が投げ辛くなる」と教えます。
これは打者に「捕手を妨害しろ」と教えているのです。
打者が空振りをすることで、走者が速く走ることができるのであれば、これは理に適っています。しかし、現実にはありえません。
このようなプレイができる選手を「野球を知っている選手」とか「野球センスのある選手」ともてはやしているうちは、「ベースボール」になることは出来ないでしょう。
ベースボールの理念は、ルールブックにすべてが書かれています。
ルールブックを読まない指導者が、指導しているようでは、「野球」が「ベースボール」に進化することは無いでしょうね。

nophoto
ほりおか
2010年4月22日20:52

初めてコメントします。

>球審の投球判定は、投球を捕手のミットまでトラッキングにより目で追い、再度投球の軌道に押し戻して判定するように指導される。

トラッキングに関して、「再度投球の軌道に押し戻して」とは、頭の中だけで、視線はミットに置いたまま、ストライクボールの判定となると聞いていますが、そうした理解で宜しかったでしょうか?

ファウルボール
2010年4月23日9:38

ほりおか様、コメントありがとうございます。
トラッキングに関しましては、そのような理解で概ね問題ないと思います。
投球判定は、次のようなステップで行うということです。
①「目の玉」だけを動かして投球をミットまで確認して「判定」する。
②再度ベース上まで押し戻して「判定のチェック」を行う。
③「ミットに視線を置いたまま」で「判定をコール」する。
以上の、ステップをすべての投球で行うということです。
このステップをすべて行うと、コールのタイミングは捕手が捕球してから「1・2・3」とゆっくり数えることができるほどです。
捕手が捕球するのと、ほぼ同時に立ち上がって「ストライク」とコールしているのを見かけますが、明らかに早いということでしょう。
つまり、捕手のミットまで見ずに判定しているということです。
このタイミングが身に付けば、本塁周りのプレイをゆっくりと見ることができます。例えば「ハーフスイング」や「デッドボール」、「打撃妨害」や「守備妨害」などが見えてきます。
打者の足が打席から出る「反則打球」の判定も出来るようになります。
とにかく、「一球で試合の流れが変わる」のが野球と言われていますから、「一球」の判定を大切にすることを心掛けていれば良いかと思います。
如何でしょうか。

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