レガースの意味

2008年8月9日
団体スポーツの中で接触プレイが比較的少ない野球にも肉弾戦は存在する。いわゆる接触プレイであるが、本塁上のクロスプレイなどが代表格であろう。野球は得点を奪い合うゲームであるから、走者は必死に本塁を目指して走り込む。一方、捕手は本塁を守る「保守」になる為に、身体を張って死守しようとする。
野球の不思議のひとつに「どうして走者は本塁で滑り込むのか」という疑問がある。高校野球などで頻繁に見掛ける「一塁ベースへの滑り込み」は、物理的に考えても不利なことは明らかではあり「走りこんだ方が速い」は定説である。一塁塁審などをやっていると、それを実感することができる。「クロスプレイになる」と身構えるタイミングで走り込んできた打者走者が、いきなりヘッドスライディングをすると、ブレーキを掛けたように見えるため、打者走者には不利な判定となる可能性が高まるのである。打者走者の必死さは伝わってくるから「努力賞」を贈与したいところではあるが、そういう訳にもゆかない。
野球で走り抜けて良いのは一塁と本塁である。物理的に走り抜けた方が速いにもかかわらず、走者は本塁で滑り込むのである。何故であろうか。
理由のひとつがタッグであろう。一塁はフォースプレイがほとんどであり、打者走者の一塁到達と打球を処理した野手からの送球を一塁手が捕球するタイミングの競争である。送球が逸れない限りタッグされることは少ないから、打者走者が滑り込む理由がない。北京五輪のアジア予選でソフトバンク・ホークスの川崎選手が一塁へヘッドスライディングをしてイチロー選手が激怒したエピソードは有名な話である。一塁へのヘッドスライディングは走り込むより遅くなることと「大怪我」というリスクを背負うのである。川崎選手は百も承知なのだろうが、それによりチームを鼓舞する意味合いが強かったようである。これらのリスクが解っているにも関わらず走者が本塁で滑り込むのは、一塁に比べて本塁では圧倒的にタッグプレイが多いからであろう。タッグされなければアウトにならない場合、タッグをかわそうとするのである。これは危険を回避しようとする人間の本能からくるのであろう。危険回避のために、タッグされ難い態勢として「スライディング」が行われているのであろう。
これに対して捕手はどのような手段で対抗しようと考えたのであろうか。走者が低い態勢でタッグをかわそうとスライディングするのに対し、捕手はブロックすることで本塁を死守しようとするのである。つまり、走者のベースタッチから本塁を守るために、本塁ベースを隠してしまうのである。しかし、これには審判員として異論がある。ベースは走路であるから、走者に保証されているエリアである。それを塞いでしまう行為は妨害である。
この本塁上での妨害行為をあいまいにしてきたために、多くの走者が本塁で憤死してきた。いまだにテレビ中継などでは、本塁でのクロスプレイで「捕手のナイスブロック」などと絶賛するアナウンサーや解説者が多い。どうして妨害行為を絶賛するのか理解に苦しむ。ルールブックには「捕手が塁線上に立って良い場合」として「捕手が送球を捕球するのにふさわしい位置」とか「まさに捕球しようとしている場合」などとあいまいに記載されている。ただし「ボールを保持した場合は塁線上に立って良い」との記載もある。つまり、ボールを保持していない捕手は塁線上に立つことが許されず、ましてベースを塞ぐことは出来ないという解釈になる。高校野球では、それを明確化するために捕手の立ち位置を示している。ボールを保持していない捕手は、本塁ベースの三塁側を明確に空けることが図入りで明文化されている。
他の塁上でブロックなどという行為は見受けられない。フックスライディングをしてくる走者に対して、生身でブロックする三塁手はいないであろう。それこそ大怪我をしてしまう。捕手がブロックする最たる理由が防具であろう。捕手のレガースやプロテクターなどの防具は、何のために装着しているのであろうか。一試合のうち一度あるか無いかの本塁クロスプレイのために、あんな重たく暑苦しい防具を付けるはずが無い。理由は明確である。当たり前だが、打者の一番近くでボールを捕球するのであるから「怪我防止」のための防具であり、それを走者の本塁生還から死守するための「武器」にしてはならない。
球審は、この行為を決して見逃してはならない。どんなに批判されようとも、毅然と「オブストラクション」を宣言するべきである。
先日現役引退を表明した野茂英雄氏の出現以来、大リーグの試合が地上波でも配信されるようになり、本場のプレイを目にする機会が増えたが、本塁のクロスプレイを注目していただきたい。ブロックしているのは捕手ではなく走者であることに気付くであろう。つまり、ボールを持ち塁線上に立つ完全防備の捕手に生身の走者が対抗するためには、身体を丸めて体当たりをしていかなくてはならないのである。これは、本塁は走り抜けても良いベースであるから、スピードを緩めずに勢いをつけて本塁を狙うというアメリカらしい作戦であろう。玉砕戦法であるが、元々玉砕は日本人が得意のはずであるのだが、いつから相手の隙を狙ったり、それを阻む為に妨害行為をしたりするようになってしまったのであろうか。本塁上でも走者は走り抜け、野手はタッグのみをする、当たり前の野球の原点に戻ってもらいたいものである。
もう一度確認するために、ルールブックの条文を転載するが、あくまでもボールを持った捕手は塁線上に立つことはできるが、「ブロックして良い」とは一言も書いていないのである。もともと、「ブロック」などという単語はルールブックの「用語の定義」にはないのである。

【7.06:オブストラクション(a)付記】捕手はボールを持たないで、得点しようとしている走者の進路をふさぐ権利はない。塁線(ベースライン)は走者の走路であるから、捕手は、まさに送球を捕ろうしているか、送球が直接捕手に向かってきており、しかも充分に近くに来ていて、捕手がこれを受け止めるのにふさわしい位置をしめなければならなくなったときか、すでにボールを持っているときだけしか、塁線上に位置することができない。この規定に違反したとみなされる捕手に対しては、審判員は必ずオブストラクションを宣告しなければならない。

コメント

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

この日記について

日記内を検索