ボール・デッド
2007年4月10日「アウト・セーフは審判が判定するのだから、結果を自分で勝手に決め付けるな!!」と、あるコーチが大声で叫んだ。こんな光景を良く見かける。選手の思い込みで、「どうせアウトだ」と走るのを止めた途端に、野手が暴投を投げたなどというケースは頻繁にある。選手たちはボールデッドとなるまで集中力を切ってはいけない。そして、これは審判員にも言えることである。ちょっと目を切った瞬間に、予想外のプレイが起きる。見ていれば、何がしかの判定を下せば良いのだが、見ていない場合は致し方ない。
昨年、こんなケースがあった。ルールブックにはケーススタディが書かれているが、いざ目の前で起こると、結構泡を食う。
2死走者1・2塁。投手がセットポジションから投球する際に、手が十分に止まらなかった。「ボーク」と叫んだが、投手は投球してしまった。ここまでなら良くある。しかし、打者がその投球を打ってしまった。「ボーク」と叫んだ瞬間から、内外野は凍り付いていたが、打者だけは集中していたのであろう、まるで聞こえていないかのようにフルスイングした。慌てる野手。打球は三遊間を抜けレフト前へ。走者も慌てながら、疑心暗鬼で進塁する。2塁走者は本塁突入したが、寸前でタッグアウトでチェンジ。と思いきや、攻撃側監督が登場。ボークの時点に戻すべきだと主張した。このように文面にしていると、判りやすく、解答は分かりやすいのだが、その場にいると混乱してしまうものである。
ボークはどの時点でボールデッドとするべきなであろうか。このケースでは、ボールデッドは発生しない。強いて言えば、チェンジの時点が自然発生的なボールデッドとなる。走者は最低1個の進塁を果たしているから、ボークのペナルティは消滅してしまう。ゆえに、監督の主張は退けられ、ベンチにお帰り頂かなくてはならない。
ボークルールについては、以前書いたとおり、いわゆる不正投球である。この不正投球にもめげずに安打した打者は偉いのであり、折角打った安打を、記録に残してあげないと可哀相である。それに走者も進んでおり、ボークのペナルティは「走者を1個進塁させる」に照らしても、もうペナルティ分進んだから良いということである。あとの進塁は走者の責任であるから、本塁憤死は有効となる。
では、これが3塁ゴロだったらどうであろうか。?3塁手が捕球した時点でボールデッド、?3塁手が1塁へ送球した時点でボールデッド、?3塁手が1塁へ送球し、打者走者がアウトとなった時点でボールデッド。
どの時点でボールデッドにしたら良いか。文面にすると、非常に簡単ですが、実際にあったら、やはり慌てるであろう。いかに冷静になれるかである。慌てず騒がず、冷静になれるかであろう。
ここでもジャッジの基本が役に立つ。ジャッジは、良く見て、確かめて、ゆっくりと。今年も肝に銘じて頑張りたいと思う。
昨年、こんなケースがあった。ルールブックにはケーススタディが書かれているが、いざ目の前で起こると、結構泡を食う。
2死走者1・2塁。投手がセットポジションから投球する際に、手が十分に止まらなかった。「ボーク」と叫んだが、投手は投球してしまった。ここまでなら良くある。しかし、打者がその投球を打ってしまった。「ボーク」と叫んだ瞬間から、内外野は凍り付いていたが、打者だけは集中していたのであろう、まるで聞こえていないかのようにフルスイングした。慌てる野手。打球は三遊間を抜けレフト前へ。走者も慌てながら、疑心暗鬼で進塁する。2塁走者は本塁突入したが、寸前でタッグアウトでチェンジ。と思いきや、攻撃側監督が登場。ボークの時点に戻すべきだと主張した。このように文面にしていると、判りやすく、解答は分かりやすいのだが、その場にいると混乱してしまうものである。
ボークはどの時点でボールデッドとするべきなであろうか。このケースでは、ボールデッドは発生しない。強いて言えば、チェンジの時点が自然発生的なボールデッドとなる。走者は最低1個の進塁を果たしているから、ボークのペナルティは消滅してしまう。ゆえに、監督の主張は退けられ、ベンチにお帰り頂かなくてはならない。
ボークルールについては、以前書いたとおり、いわゆる不正投球である。この不正投球にもめげずに安打した打者は偉いのであり、折角打った安打を、記録に残してあげないと可哀相である。それに走者も進んでおり、ボークのペナルティは「走者を1個進塁させる」に照らしても、もうペナルティ分進んだから良いということである。あとの進塁は走者の責任であるから、本塁憤死は有効となる。
では、これが3塁ゴロだったらどうであろうか。?3塁手が捕球した時点でボールデッド、?3塁手が1塁へ送球した時点でボールデッド、?3塁手が1塁へ送球し、打者走者がアウトとなった時点でボールデッド。
どの時点でボールデッドにしたら良いか。文面にすると、非常に簡単ですが、実際にあったら、やはり慌てるであろう。いかに冷静になれるかである。慌てず騒がず、冷静になれるかであろう。
ここでもジャッジの基本が役に立つ。ジャッジは、良く見て、確かめて、ゆっくりと。今年も肝に銘じて頑張りたいと思う。
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